今回の遠征ではロサンゼルス、サンタバーバラ、サンフランシスコなどの各都市を約5日間掛けて移動した。メリノール道場の方々(Joseさんには二日間ほどずっと車で案内してもらった)を始め多くの人たちに良くして頂いた(ロサンゼルスの最初の二日間はとてもありがたいことに歓迎会続きだった)。それぞれの仕事もある中で初対面の私たちにこれほど多くの時間を割いて下さったのは感謝の念に堪えない。
各道場での練習を体験する中で気付いた事がいくつかある。
一つは今まで自分がやってきたのはあくまでも競技空手であり、実戦的な空手とは違うのではないかということだ。現地の人との自由組手の練習では向こうの方々の真剣な気持ちを瞳の中の感情として感じた。日本の全空連形式の試合ではこちらの方が強い。しかしそれは私たちのルールの枠内であり、彼らが普段あまり練習しないことを私たちが専門的にやっているからに過ぎないのだという思いがとても強くなった。それは相手が銃を持っている場合や、自分よりはるかに大きい相手に対しての想定、覚悟が向こうの方々の方がしっかりと持っていると感じたからでもある。自分達が練習してきたことが大前提として独りよがりで周りを見ていない練習だったのではないかと。
二つ目に、空手がどれほど人々を強くつなぎ合わせるかということだ。初めて会った相手であるにも拘らず何かしら通じるものが感じられる。人見知りな自分でもある程度すぐに打ち解けられるのだ。道場を中心に一つのコミュニティが形成されており、生活に深く根差している。空手が無かったらこれほど多くの人と繋がりを持つことは難しかっただろう、それに空手道場内で多くのカップルや結婚が成立していることも素晴らしい驚きだった。
三つ目は空手ではなくアメリカという国に行って感じたことになる。同じ世界でも国が違うだけでこれほど多くのものが異なっているのかと驚いた。そこにいる人々、日本では同じような見た目の人しかいない中で肌が黒い人やアジア系の人、肌が白い人も関係なく共存しているのだ。家の造りも日本の常識を超える広さ。周りを見渡せば広大な谷が見え、各都市間が離れすぎて移動中に山や海をいくつも見るほどの広がりを感じられる。
空手の練習、アメリカへの遠征で感じたことの根底にある思いは、絶対のことはということだ。それまで自分や仲間が必死にやって信じてきた空手、暮らして身に付けた常識が少し離れたところではそこで独自の発展、常識を身につけているということだ。
今回の遠征では自分一人では決して得られなかった見識を身につけられた。この場を借りて今回の遠征に際し計画してくださった空手部の諸先輩方、また受け入れてくださった現地の方々の皆さまに心よりのお礼を申し上げる。
早稲田大学空手部 主務 海津直央
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