本学の空手部は1931年創部。松濤館の空手を継承。
伝統ある体育会の中でも最も伝統と歴史を誇る部です。
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八力武道への道・・・川鍋健次郎先輩回想録
 
語り手:川鍋健次郎(S29 卒)
聞き手:笠尾恭二(S36 卒)
八力武道への道・・・川鍋健次郎先輩回想録 冒頭文
 八力武道への道・・・川鍋健次郎先輩回想録
語り手:川鍋健次郎(S29 卒) 聞き手:笠尾 恭二(S36 卒)
1.新入部員の頃 笠尾:これまで数年間、この川鍋道場で度々お話をうかが ってきましたが、本日は一応のまとめとして、改めて入部 の頃からの思い出を語っていただきたいと思います。まず、 早稲田に入学したのは何年だったのでしょうか。 川鍋:私が早稲田に入ったのは昭和 25 年の春です。 笠尾:地元の厚木高校のご出身ですね。 川鍋:新制厚木高校の第 2 回卒業生です。戦前の昭和 19 年 4 月、旧制厚木中学に入学、6 年間お世話になった。 笠尾:大学で学部はどちらですか。 川鍋:文学部の英文学科。国際化の時代を迎えて、英語を 本気で学びたいと思いました。 笠尾:空手部も最初から志望していたんですか。 - 2 - 川鍋:いや、はじめは柔道部に入るつもりだったのです。 空手部に入ったのは半ば偶然のことから。 笠尾:どういうことだったのでしょうか。 川鍋:入学後しばらくして柔道場に行ったら、ちょうど明 大と試合している真っ最中だった。その年、明大の主将は 曽根康治さん。当時の柔道界ではずば抜けた実力を持って いた。早稲田はこの人にまったく歯が立たなかった。見て いるこちらもがっくりして、なんとなく階段を上がって空 手部の道場ものぞいてみたら、そこには柔道場とはうって 変わった異様な光景があった。近藤勇かマントヒヒか、と 言いたいような顔つきの男が必死になって型を稽古してい たのです。鬼気迫る、ものすごい迫力! 私は思わず息を 呑んでたたずんでしまった。 笠尾:それが「赤鬼」と異名を取った伝説的な先輩、新田 さんとの出会いだったのですね。

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